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令和8年10月26日(月)
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| 6358歩・5771ポイント → 屋上農園のナスを3本撤去・唐辛子を多数ゲット → 数独(日曜)解読 → 今年採取の銀杏むき → 夕刻は買い物を兼ねてウォーキング60分 昨日はどんよりと曇った朝を迎えました。 一時、小雨がぱらつきましたが、ほぼ一日中曇りの天気でした。 雨が降らないので、屋上農園のナス3本を撤去しました。 今年はどうしたことか殆ど収穫がありませんでし。 唐辛子を多数ゲットしました。 数独(日曜日版)の解読に挑戦しました。 比較的に短時間で解答出来ました。 他のパズルは手が出ません。 午後は今年ゲットした銀杏の皮むきに挑戦しました。 夕刻は買い物を兼ねてウォーキング60分間でした。 吐く息のゼイゼイが少し減ったように思いました。 これから軽体操を心がけ体重68kgを目指したいと思います。 本日は朝から雨が降っております。 |
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| 国民民主、衆院比例31減に賛成で最終調整 与党と合わせ参院過半数 朝日新聞の記事です。 国民民主党は、衆院議員定数(465)を比例区のみで31削減する自民党の折衷案に賛成する方向で最終調整に入った。 比例区での45減を主張してきた日本維新の会には、国民民主の賛同を前提とした31減の容認論がある。 自民と維新は参院で少数与党だが、国民民主の協力を得られれば関連法案の成立に必要な過半数を確保できる。(以下、省略) 衆院比例31減で落ち着きそうです。 玉木代表の理論が通るようです。 |
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![]() 衆院本会議で代表質問に立つ国民民主党の玉木雄一郎代表=2026年10月8日午後1時3分、岩下毅撮影 |
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| 長射程ミサイル「25式地対艦誘導弾」、演習場で展開 陸自が初公開 朝日新聞の記事です。 陸上自衛隊は25日、長崎、佐賀両県にまたがる大野原演習場で、敵基地攻撃能力(反撃能力)を持つ長射程ミサイル「25式地対艦誘導弾」を展開する様子を初めて報道陣に公開した。 長射程ミサイルには、海洋進出を強める中国を牽制(けんせい)する狙いがあるが、軍事的な緊張が高まる懸念もある。(以下、省略) 長距離ミサイルを報道陣に公開してという。 中国をけん制する狙いがあるという、中国の出方に注目です。 |
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陸上自衛隊が報道公開した長射程ミサイル「25式地対艦誘導弾」の発射装置 =2026年10月25日午前9時38分、長崎県の陸上自衛隊大野原演習場、富永鈴香撮影 |
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| 豊かだった欧州でなぜデモが? インフレの日本との共通点は 朝日新聞の記事です。 ローマで行われたデモでは、現地メディアによると数千人が参加。心理学を学ぶ大学1年のエレオノラさん(19)は「教育費削減に抗議するために来た」。 出身高校では天井全体が崩落するほど校舎が老朽化し、教師不足で3カ月間、国語や英語の授業がなかったこともあるという。 「再軍備に注力するのに、なぜ教育費や医療費を削るのか」 デモは全体としては平和的だったものの、イタリアのANSA通信によると、一部でデモ隊と警察が衝突し、催涙弾などが使われたという。(以下、省略) ローマで行われたデモでは、現地メディアによると数千人が参加。心理学を学ぶ大学1年のエレオノラさん(19)は「教育費削減に抗議するために来た」。出身高校では天井全体が崩落するほど校舎が老朽化し、教師不足で3カ月間、国語や英語の授業がなかったこともあるという。「再軍備に注力するのに、なぜ教育費や医療費を削るのか」 |
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ローマのコロッセオの周りで2026年10月24日、生活費の高騰に抗議するデモに参加する人々=ロイター |
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今日は何の日 (出典 雑学ネタ帳)![]() 原子力の日(10月26日 記念日) 日本政府が1964年(昭和39年)7月31日の閣議決定により制定。 1956年(昭和31年)のこの日、日本が国連の専門機関の一つである国際原子力機関(International Atomic Energy Agency:IAEA)に加盟した。また、1963年(昭和38年)のこの日、茨城県東海村の日本原子力研究所の動力試験炉(Japan Power Demonstration Reactor:JPDR)で、日本初の原子力発電が行われた。 原子力発電への関心と理解を深めること、また、原子力が全世界の平和や健康、繁栄を促進、増大するよう努力するとともに軍事目的に転用されるのを防ぐことが目的。この日には、原子力に関係する機関や企業などで記念行事が行われる。 動力試験炉(JPDR)は、原子炉を利用した各種技術者の訓練に役立った。その後、1976年(昭和51年)3月18日に運転を終了し、1986年(昭和61年)から1996年(平成8年)3月31日にかけて解体工事が行われ、設置場所は更地になった。これは日本で初めての原子炉解体工事である。 ![]() 写真左:JPDR、右:JPDRの解体作業 動力試験炉(JPDR) JPDRの実績を元に日本でも商用の原子力発電の導入が決定し、実績が豊富な英国の技術が採用され、富士電機を受け入れ主体として東海村に原子炉の建設が始められた。その後、完成した原子炉による日本で最初の商用原子炉による発電は1966年(昭和41年)7月25日に日本原子力発電株式会社・東海発電所によって行われた。 しかしながら、これに続く発電炉は米国の軽水炉が導入されることになり、英国製原子炉の導入はこれ一基のみとなった。この原子炉は1998年(平成10年)3月31日に運転を終了し、現在は解体工事中である。 |