令和8年08月09日(日)
7562歩13052ポイント → 遠藤さんの寄稿のアップの準備 → 老人会の会報の準備 → 百円ショップ・BCM → 水遣り
朝から太陽が出てましたが、適度に風があり何とか扇風機なしで過ごすことができました。
老人会ホームページの改定に専念しました。
遠藤さんの寄稿の原稿のスキャナーの加工を終えて、会報原稿への取り組みをしました。
遠藤さんの老人会への取り組みの根強さには敬服です。
夕刻は買い物(百円ショップ・BCM)を兼ねてウォーキング80分でした。
100円ショップでは、大根、小松菜の種を購入しました。
BCMでは、ネギの苗を半額でしたがすでに枯れており買う意欲は湧きませんでした。
玉ねぎの苗はありませんでした。
暑かったので、店内を見学しながら体を冷やしました。
帰宅後、庭及び屋上に水遣りをしました。
玄関のネットに向かって左側の部分がネズミにかじられていることが判明しました。
聡慧はへーベルへ新調するといいますので、私は反対ではありません。
それで全てが解決すれば申し分ありません。
本日も朝から太陽が出ております。
ピーマンを4個ばかりゲットしました。
長崎、きょう被爆81年 原爆犠牲者に黙? 核兵器廃絶と平和を願う
朝日新聞の記事です。
日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)は8日、長崎市内で結成70年祝賀会を開いた。
日本被団協や平和団体の関係者約80人が出席。
冒頭、原爆犠牲者に黙?(もくとう)が捧げられた。
 日本被団協代表委員の田中重光さん(85)は、主催者あいさつで「原爆の生き地獄を体験した被爆者は何の支援もない中、不安におびえ、いわれなき差別と偏見の中でじっと耐えて生きてきた」と振り返った。
「人々は幸せになるために生まれてきた。戦争をするために生まれたのではない」と力を込め、核兵器廃絶と平和を願った。(以下、省略)

本日は長崎における原爆の日81年です。
原爆の恐ろしさを知り、核兵器の廃絶を願いましょう。

日本被団協結成70周年祝賀会で主催者あいさつをする田中重光代表委員
=2026年8月8日午後6時42分、長崎市、興津洋樹撮影
 消費減税、インフレ下では「狂気の沙汰」 欧州では価格下がらぬ国も
朝日新聞の記事です。
「この店舗は、減税を完全に実施しています」
 北欧スウェーデンの首都ストックホルム。まだ肌寒さの残る4月、スーパーの入り口に掲げられた「VAT(付加価値税)保証」のステッカーが、買い物客の目を引いていた。(以下、省略)

日本政府が決めた消費減税の成否を占う上で、参考になるのがヨーロッパだ。物価高対策として、日本の消費税に相当するVAT(付加価値税)の減税が広く実施されてきた。
 
スウェーデンの首都ストックホルムのスーパー「コープ」の食品売り場。
飲食料品(酒類を除く)は今年の4月から減税で税率がゼロとなっている
=2026年7月8日、西尾邦明撮影
 ビデオ検証で判定が変わったとき、審判のあるべき心境は 夏の甲子園
朝日新聞の記事です。
この夏の甲子園で、高校野球の公式戦で初めてビデオ検証が導入された。
 大会第3日(7日)の有明―立命館宇治、立正大淞南―長崎日大で用いられたが、2度とも判定は変わらなかった。初めて判定が変わったのは3度目となる第4日(8日)の白樺学園―東日大昌平だった。
 1―1の九回2死一、二塁。
二塁への牽制(けんせい)がタッチアウトと判定されたが、二塁走者だった東日大昌平の小内壱晟(3年)がベンチにアピールした。(以下、省略)

「セーフっぽいなとは思ったけど、アウトと言われても仕方ないと思った上で、ここで使うしかない、と。頼むからセーフになってくれと思って監督にお願いしました」と振り返る。

 
東日大昌平―白樺学園 九回表東日大昌平2死一、二塁、二塁走者小内が牽制(けんせい)アウトだったか
どうかの判定を巡るビデオ検証で、判定を覆してセーフとアナウンスする前田球審=瀬戸口翼撮影
今日は何の日 (出典 雑学ネタ帳)



ながさき平和の日(長崎原爆忌)(8月9日 記念日)
 1945年(昭和20年)8月9日午前11時2分、アメリカ軍のB29爆撃機ボックス・カーが原子爆弾ファットマンを投下し、長崎市松山町の500メートル上空で爆発した。
 広島に次いで史上2番目の原子爆弾で、当時の長崎市の推定人口24万人のうち約7万4千人の市民が死亡した。また、建物は約36%が全焼または全半壊した。2020年(令和2年)8月9日時点で、長崎で被爆して亡くなった人たちを記した原爆死没者名簿の登載者数は18万5982人となっている。
 原爆投下から50年を迎えた1995年(平成7年)に、長崎市ではこの日8月9日を「ながさき平和の日」に制定したという情報もあるが、一般的にこの日は「長崎原爆の日」と呼ばれることが多い。
 また、この日8月9日には長崎市松山町にある平和公園において「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」(長崎平和祈念式典)が行われ、核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を訴え続けている。
 平和祈念式典では、原爆が炸裂した午前11時2分に長崎の鐘やサイレンを鳴らし、原爆死没者の冥福と恒久平和の実現を祈り、1分間の黙祷が捧げられる。その後、長崎市長による平和宣言、平和への誓いが行われるのが通例である。
    
         平和祈念像
 平和公園には、平和祈念像や平和の鐘、平和の泉、折鶴の塔、原爆落下中心碑、長崎原爆資料館、平和を象徴するモニュメントなどが配置されている。平和祈念像は、被爆10周年の記念行事の一環として建設され、1955年(昭和30年)に完成した。平和公園内の願いのゾーンに位置する。
 長崎県南高来郡旧南有馬町(現:南島原市)生まれの彫刻家・北村西望(きたむら せいぼう、1884〜1987年)の制作で、像は高さ9.7メートル、台座の高さ3.9メートル、重さ約30トン。
 像のモデルは徳島県脇町出身で柔道・レスリングなどの指導者であり、陸軍大尉として従軍経験のある吉田廣一(よしだ ひろいち、1918〜1967年)である。何事も1番でなければ気が済まないという性格から「先頭」を意味する「せんとうはん」の愛称がある。
 関連する記念日として、1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、広島市に世界初の原子爆弾が投下され、爆発したことに由来して、8月6日は「広島平和記念日」となっている。

元へ戻る   日記の目次へ   トップページへ