令和8年03月09日(月)
8821歩・3738ポイント → be(A)まちがい探し・(C)数独を投稿、しかし四字熟語は断念 → 金柑の採取
昨日は朝から太陽が出て、布団を干すことができました。
しかし外気は冷たい一日でした。
beの問題「四字熟語」に挑戦しました。
本及びパソコンで調べてあるところまでは出来ましたが、断念しました。
そこで、(A)まちがい探し・(C)数独を投稿しました。
beに私の投書した記事がありました。
感激です。
無駄な時間を過ごしましたが、ボケ防止のためには良かったと思っております。
洋間の直前にあります、金柑が鳥につつかれております。
そこで昼過ぎ、金柑の採取に取り掛かりました。
粒は小さかったのですが、予想以上に多数採れました。
本日は薄曇りの朝を迎えました。
日本政府手配のチャーター機、成田に到着 オマーンから邦人退避
朝日新聞の記事です。
米国とイスラエルによるイラン攻撃をきっかけに湾岸諸国に足止めされている邦人の帰国のため、日本政府が手配したチャーター機が8日夜、成田空港に到着した。
外務省によると、チャーター機は同日午前、オマーンの首都マスカットを出発。
アラブ首長国連邦(UAE)とオマーンからの出国を希望する邦人ら107人が搭乗した。(以下、省略)

107人がチャーター機で帰国したようです。
いまだ現地には邦人が居残っているのでしょうか。
 イスラエルがイラン燃料施設攻撃 軍事作戦、インフラ施設に対象拡大
朝日新聞の記事です。
イスラエル軍は7日、イランの首都テヘランにある複数の燃料貯蔵施設を攻撃した。
2月28日からイランに連日の空爆を加えているが、インフラ施設への攻撃は初めてとみられる。
イラン側によるとみられる民間施設への攻撃も相次いで報告され、軍事作戦の対象がインフラ施設にも本格的に拡大する様相だ。(以下、省略)

イスラエルも盛んに攻撃を加えております。
しかしイランは対抗を続けております。

2026年3月7日、イランの首都テヘラン南部の燃料貯蔵施設から燃え上がる炎=AP
 天皇ご一家「とても良い試合でした」 WBC豪州戦をドームで観戦
朝日新聞の記事です。
天皇、皇后両陛下と長女愛子さまは8日、東京ドームで、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本対豪州戦を観戦した。
両陛下は皇太子ご夫妻時代の2006年、09年、WBCの試合を東京ドームで観戦している。
愛子さまは、09年に東京の神宮球場で両陛下とともにプロ野球を観戦しているが、WBCの会場に足を運ぶのは初めて。(以下、省略)

日本は第一で予選を通過しました。
この調子ですと優勝も夢ではありません。
 
WBCの観戦に臨む天皇、皇后両陛下と愛子さま。
右端は栗山英樹氏=2026年3月8日午後6時34分、東京都文京区の東京ドーム、代表撮影
今日は何の日 (出典 雑学ネタ帳)



記念切手記念日(3月9日 記念日)
 1894年(明治27年)のこの日、日本最初の記念切手が発行された。
 明治天皇・皇后両陛下のご成婚25周年(銀婚)を記念して発行され、菊の紋章に雌雄の鶴2羽が描かれたデザインで、紅色で内地用(内国用封書用)の2銭と青色で外地用(外国用封書用)の5銭の2種類だった。
    
        明治銀婚記念切手(2銭、5銭)
 当時、日本には記念切手の概念がなく、銀婚の祝典を記念する切手を望んだ在留外国人の新聞投書によって政府が動き、時の逓信大臣・黒田清隆の命で急きょ発行されることとなったものである。祝典まで1ヵ月を切るなか、印刷局は不眠不休で作業にあたり、通常1〜2ヵ月はかかる原版を5日で仕上げた。
 その記念切手の大きさは縦29mmx横37mmmで、当時の普通切手の約2倍の大きさがあり、菊花紋の周りには「IMPERIAL WEDDING 25 ANNIVERSARY」と発行趣旨が表記されている。上の画像では確認が難しいが、下の画像ではその文字を確認することができる。
    
   明治銀婚記念切手(2銭)
 記念切手について
「記念切手」とは、郵便局や販売期間、枚数に定めのない「普通切手」とは異なり一定枚数のみ印刷され、場合によっては販売される郵便局や販売期間、郵便に使用できる期間までも制限されるのが特徴である。
 同様な切手としてキャンペーンや文化財の紹介国家的宣伝などの意図をもって発行される「特殊切手」があるほか、ふるさと振興を目的に発行された「ふるさと切手」、年賀郵便に使用される目的の「年賀切手」などもある。
    
   特殊切手「天体シリーズ 第1集」
 当初は記念切手を「紀念切手」と呼称していた。これは「記念」には「かたみ」の意味があり、これを避けたためだといわれている。しかし、大正から昭和にかけて当時の文部省で「記念」の語を使うようになったためこれに倣い、現在と同じ「記念切手」という表記が使われるようになった。
 日本では昭和時代初期まで記念切手は数年に一度しか発行されていなかった。記念切手は2種または4種のセットで発行され天皇即位・立太子の礼など皇室関係の慶事を記念したものや明治神宮や伊勢神宮などの国家神道に関係するものが主であったが、第一次世界大戦終結を祝う平和切手や第15回赤十字国際会議の記念切手なども発行されていた。第二次世界大戦後は毎年のように発行されるようになり、現在では毎年数十種前後の記念切手が発行されている。

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