令和7年08月06日(水)
昨日、新しく購入した散水栓の交換の約束 → 元の散水栓の検討 → 昼間から飲酒
昨日も朝から太陽が出て、蒸し暑い一日となりました。
パソコンの一日でした。
株価は上がったのですが、東京エレクトローンの株価が下がりがっかりです。
新しく購入した散水栓がうまく働かないため、電話の交渉の結果交換してもらうことになりました。
元の製品も検討したいと思っております。
あまり暑いので、昼間から、缶酎ハイを飲んでしまいました。
本当に困ったことです。
夕刻は買い物(オーケー・パン、牛乳、納豆、豆腐)を兼ねてウォーキング60分でした。
帰宅後、屋上の菜園に水やりをして、晩酌でした。
昼間からの酒、まずい一日でした。
むし暑い夜を過ごしました。
暑いので、あちこちの窓を網戸にしました。
またのどが渇き何杯も麦茶・水を飲みました。
本日も朝から太陽が出ております。
ミニトマトとナスをゲットしました。
広島、きょう被爆80年 「みなさんの心の中で生き返る」
朝日新聞の記事です。
広島は6日、米国による原爆投下から80年を迎えました。
世界で紛争が相次ぎ、核兵器を使ってはならないとするタブーが脅かされている今、私たちに何ができるのか。
犠牲者を悼み、平和を願う営みを詳報します。(以下、省略)

広島へ原爆が投下されて80年です。
今も戦争がありますが、原爆を使ったら終わりです。

平和記念公園の慰霊碑前にはあちこちに傷などが残る黒い「被爆ピアノ」が置かれ、
市長のあいさつの後、「イマジン」などの曲が演奏された。
原爆の日を前に、祈りを捧げに訪れた関係者や外国人観光客など多くの人が足を止め演奏に聴き入っていた=2025年8月5日午後4時49分、広島市中区、小宮路勝撮影
コメ失政を認めた石破首相 「減反」から増産へ、歴史的転換に高い壁
朝日新聞の記事です。
歴史的なコメ価格の高騰を受け、石破茂首相が政策の失敗を認めた。
実質的に続いてきた「減反」に終止符を打つべく、コメの増産にかじを切る意向も改めて示したが、課題は多い。
 政府は1970年代からコメの生産量を調整する減反を本格化させた。
2018年に廃止したが、その後も補助金を出すなどして転作を促し、事実上の減反政策を維持してきたとされる。(以下、省略)

石破氏の責任だありませんが、増産へ切り替えました。
農家では戸惑いがあるようです。

参院予算委で、参政党の神谷宗幣代表の質問を聞く石破茂首相
=2025年8月5日午前11時35分、岩下毅撮影
日米合意「相互関税」でも食い違い 赤沢氏9回目の訪米で再確認へ
朝日新聞の記事です。
トランプ関税をめぐる日米合意で、相互関税の扱いについても日米両政府の発表に食い違いがあることが明らかになった。
日本側は、税率が15%未満の品目は一律で15%になり、15%を上回る品目は現行の税率が適用されると説明してきた。
だが、トランプ大統領が1日(日本時間)に署名した大統領令では、全ての品目に15%の関税が上乗せされるとも読める内容になっていた。(以下、省略)

赤沢氏は9回目の渡米です。
どうなっているのでしょうか。

米ワシントンへの出発前、取材に応じる赤沢亮正経済再生相
=2025年8月5日、東京都千代田区、多鹿ちなみ撮影
今日は何の日 (出典 雑学ネタ帳)


広島平和記念日(広島原爆忌)(8月6日 記念日)

 1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分、アメリカ軍のB29爆撃機エノラ・ゲイが、広島市上空約9600メートルで世界初の原子爆弾リトルボーイを投下し、上空約600メートルで爆発した。
 広島市街は壊滅し、放射線による急性障害が一応おさまった1945年12月末までに約14万人が死亡したと推計されている。当時の広島市の人口は約35万であった。
 この歴史的悲劇から人類は目をそむけることなく、犠牲となった多くの人々の霊を慰め、世界平和を祈る日として広島市では「平和記念日」とし、この日に原爆慰霊碑の前で「平和記念式典」が行われる。
    
             平和記念式典
 平和記念式典において、原爆が投下された午前8時15分に平和の鐘やサイレンを鳴らし、原爆死没者の冥福と恒久平和の実現を祈り、1分間の黙祷が行われる。その後、広島市長による平和宣言、子どもによる平和への誓いが行われるのが通例である。
 一般的にこの日は「広島原爆の日」と呼ばれることが多い。また、広島市では、この日8月6日を「ヒロシマ・デー」、8月9日を「ナガサキ・デー」として記念日とするよう、平和市長会議に加盟する国や都市に呼びかけている。
 広島市に対しての原子爆弾の実戦使用は、人類史上初の都市に対する核攻撃である。原爆投下による被爆者の人数は約56万人にも上る。また、わずか3日後の1945年8月9日には、長崎市へも原子爆弾が投下された。これに由来して8月9日は「ながさき平和の日」となっている。
    
          原爆ドーム
 爆心地近くには「原爆ドーム」があり、原子爆弾の悲惨さを今に伝える建造物となっている。原爆ドームは、もともと広島県の様々な物産を展示するための広島県物産陳列館として開館され、戦時中から原爆投下時までは広島県産業奨励館と呼ばれていた。
 原爆ドームは現在では「広島平和記念碑」とも呼ばれる。1996年(平成8年)12月5日にユネスコの世界文化遺産への登録が決定された。平和を訴える記念碑であり、人類が犯した悲惨な出来事を伝える遺産として「負の世界遺産」と呼ばれている。
 この日8月6日の夕方から、平和記念日の特別な行事として「とうろう流し」が行われる。親族や知人を原爆で失った遺族や市民たちが、戦後に原爆の犠牲者を追悼するために手作りのとうろうを川に流したのが始まりとされる。
 場所は原爆ドームの前を流れる元安川(もとやすがわ)で、それぞれとうろうに平和への祈りを込めたメッセージを書き、そのとうろうを川へ流す。川とその周辺はとうろうの幻想的な灯りに包まれる。

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