令和7年03月03日(月)
昨日、午後1時より確定申告の書き方について聡慧より指導を受けました
昨日は朝から曇りで、これは予報取り天気が崩れるものかと朝を迎えました。
ところが、午前10時過ぎころより太陽が出てきました。
急遽、布団を干しました。
その後も晴れは続きました。
午前中は電験の法規の問題作りに専念しました。
時間をかけて丁寧に進めております。
午後1時より確定申告の書き方について聡慧より指導を受けました。
苦手な私は途中から集中力にかけ、昼寝をしました。
昼寝後、ある程度まで確認しました。
続きは本日やり、原稿の作成は終えたいと思っております。
夕刻は買い物(マイン:玉ねぎ・ニンジン・ジャガイモ)を兼ねてウォーキング60分でした。
外気は気温が上がり適度に汗うぃかきました。
本日は余郷取り朝から雨が降っております。
郵便局網に「財政支援」 年650億円規模の交付金、自民党議連検討
朝日新聞の記事です。
郵政民営化法などの改正をめざす自民党の議員連盟が、客足が減る郵便局網への財政支援として新たな交付金の創設を検討していることがわかった。
国が日本郵政から受け取る配当金などを財源に、年650億円規模を日本郵便に渡す。
今国会への提出をめざす法改正案に盛り込む方針だ。(以下、省略)

郵便局に財政支援をするという。
私には意味がよく分かりません。

自民党の議員連盟「郵便局の新たな利活用を推進する議員連盟」の総会
=2024年4月25日、東京都千代田区の都市センターホテル
緊迫続く「薄氷」のガザ停戦合意、トランプ氏「移住案」が新たな難題
朝日新聞の記事です。
パレスチナ自治区ガザでの停戦合意は「薄氷の合意」とされ、1月19日の発効当初から崩壊が懸念されてきた。
イスラエルとイスラム組織ハマスは、ガザに拉致された人質とイスラエルが拘束しているパレスチナ人の交換を進めること以外、意見が一致していなかったからだ。(以下、省略)

これまで、2千人近くの拘束中のパレスチナ人の釈放と引き換えに、8人の遺体を含む33人のイスラエル側の人質が引き渡された。実際に人質が次々と解放されたことを受けて、イスラエル国内では、停戦を継続させて、人質のさらなる解放を目指すべきだとの世論が高まっている。
「千年の愚行だ」北陸新幹線、京都の激しい反発 何が起きているのか
朝日新聞の記事です。
年の瀬の迫った2024年12月19日。
京都府庁に法衣に身を包んだ僧侶たち3人が姿を現した。
清水寺や金閣寺、東寺など約1千の寺院が加盟する「京都仏教会」の代表者で、用向きは府への申し入れだった。仏教会によると、府へ申し入れを行うのは初めて。
知事の西脇隆俊(69)が出迎えたのは、その重みの証左だった。(以下、省略)

北陸新幹線の線路についてもめております。
どの様に決着するのでしょか。
今日は何の日 (出典 雑学ネタ帳)



雛祭り・上巳・桃の節句(3月3日 年中行事)

「雛祭り(ひなまつり)」は、女の子の健やかな成長を願う伝統行事。3月3日は「上巳(じょうし)」または「桃の節句」と呼ばれる。
一般的には「桃の節句」と呼ばれ、女の子のいる家庭では、雛人形を飾り、桃の花・菱餅・雛あられを供えて祀り、白酒や寿司などの飲食を楽しむ節句祭りが行われる。

雛飾り
雛祭りは江戸時代までは和暦(旧暦)の3月の節句(上巳、桃の節句)である3月3日(現在の4月頃)に行われていた。明治の改暦以後はグレゴリオ暦(新暦)の3月3日に行なうことが一般的になった。東北・北陸など一部の地域では、旧暦3月3日または新暦4月3日に祝う文化が残っている。

3月3日の「上巳(じょうし)」は「じょうみ」とも読み、1月7日の「人日(じんじつ)」、5月5日の「端午(たんご)」、7月7日の「七夕(しちせき)」、9月9日の「重陽(ちょうよう)」とともに「五節句」の一つである。上旬の巳(み)の日の意味であり、元々は3月上旬の巳の日であったが、古来中国の三国時代の魏より3月3日に行われるようになったと言われている。旧暦の3月3日は桃の花が咲く時期であるため「桃の節句」と呼ばれる。

上巳(桃の節句)の日には、紙製の小さな人形に穢れ(けがれ)を移して川や海に流して、災厄を祓う(はらう)祭礼を行っていた。この「流し雛」の風習は平安時代からあり、現在でも日本各地にその風習が残っている。その人形が次第に精巧なものになって流さずに飾っておくようになり、雛祭りとして発展していった。

雛祭りは始めは宮中や貴族の間で行われていたが、やがて武家社会でも行われるようになり、江戸時代には女の子の「人形遊び」と「節句の儀式」が結び付けられ、庶民の行事となった。

元々は、5月5日の「端午の節句」とともに男女の区別なく行われていたが、江戸時代ごろから、豪華な雛人形は女の子に属するものとされ、端午の節句は菖蒲(しょうぶ)の節句とも言われることから、尚武(しょうぶ:武道・武勇を重んじること)にかけて男の子の節句とされるようになった。

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