令和6年09月13日(金)
昨日老人会の折り紙に参加しました
最後に私の折り紙のマジックを紹介しました

昨日は朝から太陽が出て、蒸し暑い一日でした

本当に今年は暑い日が続いています。

午前中は遠藤さんのお宅で折り紙教室でした。
遠藤さんへお嬢さんの会の後援会費を払いましたところ、すでに領収証が準備されておりました。
これで遠藤さん宅で遊ぶのは遠慮なくできるかと思うと気が楽になりました。
会の終わりに折り紙のマジックを披露しました。
今後も参加した場合、1つだけマジックを紹介したいと思っております。
夕刻は買い物(オーケー:料理酒、牛乳)を兼ねてウォーキング60分間しました。
適度の汗をかき健康に感謝です。
歩けることは生きる事での条件であると考え、これからも続けるつもりです。
本日も朝から太陽が出ております。
朝方屋上のキウイの枝の一部を剪定しました。
決選投票では分かっているな」すごむ菅氏 混戦の総裁選、動く重鎮
朝日新聞の記事です。
自民党総裁選が12日、告示された。
自民派閥の裏金事件を受けて不出馬を決めた岸田文雄首相(総裁)の後任を決める選挙で、現行の仕組みで過去最多の9人が届け出た。
 国民人気に近い地方票が重要な意味を持つ今回の総裁選だが、そのまま結果につながるわけではない。
1回目の投票結果を受けた上位2人による決選投票は地方票が少なくなり、ほぼ国会議員だけの投票になる。
ここで、顔をのぞかせるのが「永田町の論理」だ。(以下、省略)

9人の立候補で過去最多となりました。
予想では、小泉氏と石橋が決選投票となり、小泉氏が当選するのではないかと言われております。
 
米不足、減反と高齢化の果てに 「最悪のシナリオ」が今年、始まった
朝日新聞の記事です。
見渡す限り金色に染まった稲穂を、コンバインが次々と刈り取っていく。
 秋田市から車で1時間の秋田県大潟村は、かつて日本で2番目に大きい湖、八郎潟だった。
戦後の食糧難を解消しようと、20年にわたる国家事業として約1万7千ヘクタールが干拓された。
誕生した大地は、米生産の一大拠点となり、食卓を支えてきた。(以下、省略)

米不足で店頭から米が消えました。
これからは新米が出回りそうですが、価格は高くなるといいます。
 
涌井徹さん。「減反政策の苦しい経験があったから今がある」と話す
=2024年9月10日午後2時56分、秋田県大潟村、中野浩至撮影
「救世主」「独裁者」ペルー社会分断も フジモリ元大統領死去
朝日新聞の記事です。
支持者には「救世主」として愛され、反対する者からは「独裁者」として徹底的に憎まれた。
アルベルト・フジモリ氏は、その後のペルー政治を決定づけた政治家だった。
 両親が熊本出身の日系2世だ。
数学の大学教授から政界に転じ、1990年に日系人で初めての大統領となった。(以下、省略)

フジモリ氏は私でも知っております。
激動な生涯であったことでしょう。

ペルーのリマで1997年4月23日、軍による突入作戦により126日に及んだ
日本大使公邸占拠事件を終わらせたアルベルト・フジモリ大統領(当時)=ロイター
今日は何の日 (出典 雑学ネタ帳)


世界法の日(9月13日 記念日)
 
1965年(昭和40年)の9月13日から20日までアメリカ・ワシントンで開催された「法による世界平和第2回世界会議」で、9月13日を「世界法の日」とすることが宣言された。
 1961年(昭和36年)、東京で開催された「法による世界平和に関するアジア会議」で「世界法の日」の制定が提唱され、2年後の1963年(昭和38年)にギリシャ・アテネで開かれた「法による世界平和第1回世界会議」で可決され、第2回世界会議で宣言されたものである。国際間に法の支配を徹底させることで、世界平和を確立しようというものである。
 記念日の名称は「世界の法の日」ともされる。この日とは別に、日本では1960年(昭和35年)から10月1日を「法の日」としている。

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