令和5年03月25日(土)
昨日、午前中の快晴が急変し雨となりました
昨日はどんよりと曇った朝を迎えました。
8時過ぎころより太陽が出て午後2時ころまで照り続けました。
気温も上がり快適なひと時でした。
3時過ぎころから急に曇り雨が降り出しました。
天気の急変にはびっくりしました。
夕刻はウォーキングは中止しました。
電験の法規の問題つくりに時間をかけております。
最後の問題であり、作図にも時間をかけて丁寧に進めております。
本日の朝は昨日来の雨が降っております。
児童手当の所得制限、撤廃を明記へ 政府の少子化対策たたき台
朝日新聞の記事です。
政府が3月末にまとめる「異次元の少子化対策」のたたき台に、児童手当の所得制限の撤廃、複数の子がいる世帯への加算、対象年齢の引き上げを明記することがわかった。
裏付けとなる財源は4月以降に議論する予定で、開始時期や金額などは示さない。
複数の政府関係者が明らかにした。(以下、省略)

本日の新聞の1面のトップ記事です。
少子化対策としての提案です。
金だけで解決するのでしょうか。
サンマの漁獲枠25%削減で合意 年25万トン、資源回復へ規制強化
朝日新聞の記事です。
北太平洋の漁業資源の管理について話し合う北太平洋漁業委員会(NPFC)は24日、サンマの漁獲枠を今より約25%減らすことで合意した。
今より規制が厳しくなるが、日本などが求めていた半減までは実現せず、実際に資源が回復するかは見通せない。
 NPFCは日本のほかロシア、中国、韓国、台湾、バヌアツ、欧州連合(EU)、米国、カナダの9カ国・地域で構成。22日から札幌市で開かれた年次会合で、2023年以降の資源管理について協議していた。(以下、省略)

資源回復のために止むをえません。
サンマの高値が続きそうです。
岸田首相、ゼレンスキー大統領に「必勝しゃもじ」と折り鶴ランプ贈呈
朝日新聞の記事です。
松野博一官房長官は23日午後の記者会見で、岸田文雄首相が21日にウクライナを訪問した際、同国のゼレンスキー大統領に首相の地元・広島の「必勝しゃもじ」と、折り鶴をモチーフとしたランプを贈呈したと明らかにした。(以下、省略)

「必勝」の文字が問題です。
ウクライナを激励するためには良かったのではないかと思われます?

岸田事務所にある「必勝しゃもじ」の前でインタビューに応じる岸田文雄氏=2020年11月4日
今日は何の日 (出典 雑学ネタ帳)


電気記念日(3月25日 記念日)
 1927年(昭和2年)に開催された日本電気協会の総会で制定。
 1878年(明治11年)のこの日、工部省電信局は万国電信連合に加盟する準備として、東京・銀座木挽町に中央電信局を開設した。そして、同日にその開局祝賀会が東京・虎ノ門の工部大学校(現:東京大学工学部)の講堂で開催された。
   
      工部大学校

 この日、会場に電気灯を使用するよう、工部卿・伊藤博文から特に命ぜられていたイギリス人の工部大学校ウィリアム・エアトン教授は、グローブ電池50個を用いて、講堂の天井に設置されたアーク灯を点灯するため、自ら難しい調整に当たっていた。
 そして、エアトン教授の合図とともに50個のアーク灯が点灯された。目もくらむような青白い光がほとばしり、講堂をくまなく照らし出した。その場にいた来賓たちは「不夜城に遊ぶ思い」と驚嘆の声を上げたという。これが日本で初めて点灯された電灯であった。
 翌1879年(明治12年)には、アメリカの発明家トーマス・エジソンが白熱電球を実用的に改良し、日本にも輸入された。1886年(明治19年)には、日本初の電気事業者として東京電灯会社(現:東京電力)が開業し、電灯に動力にと、電気の時代が幕を開けた。
 記念日は、日本で初めて電灯が灯されたことと日本における電気事業の発祥を記念したものであり、先駆者の偉業を称えるとともに、今後の新たな発展を誓う日とされている。この日を中心に、全国各地で日本電気協会と各支部により祝賀式典や功労者表彰、講演会などの記念行事が開催されている。
    
     電気記念日

 電気記念日のシンボルマークは、1968年(昭和43年)に同協会が公募して決めたもので、手のひらで光をかこむ形と、電球の形の両方をイメージしたものである。

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