令和5年03月12日(日)
芽をだっさなかったネギの種を再度蒔きました
昨日は朝から太陽が出て、ほぼ一日中晴れの良い天気でした。
気温も上がり、快適な一日でした。
過日蒔いたネギの種がほぼ多くのものが芽を出しましたが、芽を出していないものに新たにタネを蒔きました。
昨夕のウォーキングは公園のコースをやめて近場を歩きました。
道程にいろいろな変化があり適度に汗をかきました。
本日はどんよりと曇った朝を迎えました。
震災、未来に受け継ぐ教訓 父から娘へ、同じ悲しみ繰り返さないため
朝日新聞の記事です。
震災から12年を迎える朝。福島県南相馬市原町区の自宅の居間で、上野倖吏生(さりい)さん(11)はいつものように、写真の中でほほえむ4人に「おはよう」と声をかけた。
写真の周りにはぬいぐるみや花が飾られていた。
 自宅のある地区は津波で多くの人が犠牲になった。
その中に姉の永吏可(えりか)さん(当時8)と兄の倖太郎(こうたろう)さん(当時3)、祖父母もいた。(以下、省略)

昨日は震災から12年でした。
各地で慰霊祭が行われました。

上野敬幸さん(左)と倖吏生さん=2023年3月11日午後0時35分、福島県南相馬市、井手さゆり撮影
サウジ・イラン合意、中国のねらいは? 世界の多極化にらんだ戦略
朝日新聞の記事です。
イランとサウジアラビアが、7年に及ぶ断交を解消し、外交関係を正常化させることで合意した。
米国の「中東離れ」が指摘されるなか、合意を橋渡しした中国の目的は、どこにあるのか。(以下、省略)

中国は着々と地番を固めております。
バイデン大統領もトランプ氏の閉鎖的な政策を打破して世界と手を結ぶべく政策を進めております。

2023年3月10日、北京で共同声明をまとめた後に記念撮影する(左から)サウジアラビアの
アイバン国務相兼国家安全保障顧問、中国の王毅共産党政治局員、
イラン最高安全保障委員会のシャムハニ事務局長=新華社
藤井聡太王将との第6局、羽生善治九段の先手番で「角換わり」に
朝日新聞の記事です。
将棋の藤井聡太王将(20)=竜王・王位・叡王・棋聖と合わせ五冠=に羽生善治九段(52)が挑戦している第72期王将戦七番勝負(毎日新聞社、スポーツニッポン新聞社主催)の第6局が11日、佐賀県上峰町(かみみねちょう)の料亭「大幸園(たいこうえん)」で始まった。(以下、省略)

藤井氏が3勝、羽生氏が2勝で進行しております。
藤井氏が勝てば優勝、羽生氏が勝てばタイとなります。
[var]
第72期王将戦七番勝負第6局の1日目を終え、「封じ手」を記入した用紙を入れた封筒を
挑戦者の羽生善治九段(左)が立会人の深浦康市九段(右)に手渡した。
奥の和服姿は藤井聡太王将=2023年3月11日午後、佐賀県上峰町、日本将棋連盟提供
今日は何の日 (出典 雑学ネタ帳)


サンデーホリデーの日・半ドンの日(3月12日 記念日)
 1876年(明治9年)のこの日、官公庁で土曜半休・日曜休日制が実施された。
 それまでは、1868年(明治元年)9月の太政官布告により、31日を除く1と6のつく日を休日としていた。しかし、欧米との交易などで不便があったため、欧米と同じ仕組みに改めることとした。
 「半ドン」について
江戸時代末期、オランダ語で日曜日・休日を意味する「zondag」(ゾンターク・ゾンダッハ)という言葉が長崎出島より伝わった。それが訛って「ドンタク」となり、土曜日は半分が休日であることから「半ドンタク」、略して「半ドン」となったという説がある。この「ドンタク」は「博多どんたく」の名前の由来でもある。
 また、1871年(明治4年)から皇居で毎日正午に空砲(午砲・ドン)を撃っており、土曜日は半日経った時間の「ドン」とともに仕事が終わることから、丸の内に勤める人たちの間で「半ドン」と呼ばれるようになったという説もある。「ドン」は全国の都市で行われるようになり、それとともに「半ドン」という言葉も全国に広まった。

   日記の目次へ   トップページへ