平成27年01月17日(土)
昨日は朝方は晴れておりましたが、午後過ぎ頃から急に曇りの天気となりました。
気温は適度に上がりましたので、寒くは感じませんでした。
3時過ぎに市民プールへいきましたが、比較的に空いてマイペースで泳いできました。
阪神大震災から20年 発生時刻に遺族ら追悼
朝日新聞の記事です。
17日午前5時46分、6434人が亡くなった阪神・淡路大震災が起きてから20年がたった。
未明の雨が上がった神戸市中央区の東遊園地には、午前5時ごろから、例年に比べて多くの人が詰めかけた。「1・17」の形に並べられた竹灯籠(とうろう)に火がともされ、発生時刻になると遺族や被災者らが黙禱(もくとう)した。 追悼行事に参加しやすくするため、神戸市営地下鉄は初めて、西神・山手線で早朝の臨時列車を運行した。(以下、省略)

あれから20年過ぎました。
あれ以来、家屋の耐震性について話題となり公共性の建物は強制的に耐震構造に変わりつつあります。
一般家屋も改造されつつありますが、より強い地震があった場合を保証するものではありません。
この頃気象の予報はよく当たるようになりましたが、地震の予報はまだまだ初期段階です。
せめて10分くらい前に予知できると大きな被害は防げるのではないでしょうか。
コンビニで丼店で「ちょい飲み」人気 ワインで読書も
朝日新聞の記事です。
居酒屋ではない店で少ない人数で軽く飲む「ちょい飲み」が広がりを見せている。
どんぶりの店やファミリーレストランだけでなく、最近ではコンビニも参戦。
夜のお客を得ようと、知恵をしぼる。(以下、省略)

立ち飲みの店でわいわいやっている風景は見かけますが、コンビニでは見かけたことはありません。
コンビニで生ものを売っている店を見かけますが、まさにコンビニは24時間営業の百貨店です。
 
防災とボランティアの日
1995年1月17日午前5時46分、淡路島北端を震源とする兵庫県南部地震が発生しました。
阪神・淡路大震災では、政府や行政の対応の遅れが批判された一方で、学生を中心としたボランティア活動が活発化し、「日本のボランティア元年」と言われました。
これをきっかけに、ボランティア活動への認識を深め、災害への備えの充実強化を図る目的で、1995年12月の閣議で制定が決定され、翌1996年から実施されました。

阪神・淡路大震災記念日
1995(平成7)年1月17日午前5時46分、淡路島北端を震源とする兵庫県南部地震が発生しました。
マグニチュード7.3で震源の深さは約14キロでした。
神戸市・芦屋市・西宮市と淡路島の北淡町で初めて震度7の激震を記録しました。
大都市神戸を中心に阪神間の人口密集地を直撃し、鉄道・高速道路・港湾等の交通機関や電気・水道・ガスのライフラインが壊滅状態となり、自宅を失なって避難した人は最大で23万人に達しました。
死者は、震災が原因で亡くなった人を含めると6000人を超えました。
負傷者は約42000人、倒壊家屋は約40万棟でした。
被害総額は10兆円にものぼります。

湾岸戦争開戦記念日
1991(平成3)年、アメリカ軍を主力とする多国籍軍が、イラクとクウェートのイラク軍拠点に攻撃を開始し、湾岸戦争が勃発しました。
この日に設定されていた撤退期限が過ぎてもイラク軍がクウェートから撤退しなかったため、攻撃に踏み切りました。


おむすびの日
米に関係する民間企業やJA等でつくる「ごはんを食べよう国民運動推進協議会」が2000年11月に制定し、2001年から実施さました。
日附は公募で選ばれ、阪神大震災ではボランティアの炊き出しで被災者が励まされたことから、いつまでもこの善意を忘れない為、1月17日を記念日としました。

今月今夜の月の日
尾崎紅葉の『金色夜叉』の中で、主人公の貫一が熱海の海岸で、貫一を裏切った恋人のお宮に「可[い]いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になつたらば、僕の涙で必ず月は曇らせて見せるから」と言い放ったことから制定されました。
本日、夜が曇り空になることを「貫一曇り」と言い、熱海では本日、「尾崎紅葉祭」が行われます。

元へ戻る

日記の目次へ

トップページへ