平成25年10月4日(金)
 

昨日は天気も良く、気温も上がったようです。
少し蒸し暑く感じましたが、気持ちのいい一日でした。
今朝は曇っており、一日中曇りのようです。

「東洋の魔女」主将、中村昌枝さん死去
読売新聞の記事です。
1964年の東京五輪バレーボール女子で金メダルを獲得するなど、「東洋の魔女」と呼ばれた全日本女子バレーボールチームの主将を務めた中村昌枝(なかむら・まさえ)=旧姓・河西(かさい)=さんが3日、死去した。
80歳だった。
山梨県出身。
同県立巨摩高卒業後、日紡(現ユニチカ)に入社。
全日本女子チームの主将として、62年の世界選手権、64年東京五輪優勝の快挙を成し遂げた。
65年1月に日紡を退社し、同年5月に佐藤栄作首相の仲立ちで結婚して中村姓に。
引退後もバレーの普及・指導に携わり、2003年に日本バレーボール協会女子強化副委員長に就任し、04年アテネ五輪では全日本女子チームの団長を務めた。
08年に世界バレーボール殿堂入りを果たした。(以下、省略)
大松監督の指導のもとに主将として、部員をよくまとめました。
本人の話によると、運動神経が鈍かっただけに人一倍に努力をしたそうです。
「東洋の魔女」として、日本中のみんなから敬服されました。

 森元首相「石原さんが都知事を辞めたのは良かった」
朝日新聞の記事です。
森喜朗・元首相
(東京都知事だった石原慎太郎氏は)「維新」の方に移って、五輪をほっぽり出してしまった。
しかし、中国問題、韓国問題で石原さんの一言(失言)があれば、アジアの協力を得られたかどうか、ということにもなったと思う。
そういう意味で、石原さんが(都知事を)辞められたのは良かったということになる。(自民党の五輪東京招致推進本部総会で)(以下、省略)
石原氏は今はどうしているのでしょうか、森氏の言に私も同感です。
石原氏は、はらわたが煮えくり返っているのではないでしょうか。
調子に乗り、やり過ぎると失敗します。
人生はわからないものです、じっと待っておればチャンスはやってくるものです。 
奈良・正倉院で開封の儀…扉の鍵の麻縄を切る
読売新聞の記事です。
聖武天皇遺愛の品などを納める奈良市の正倉院で3日、年一度、勅封を解いて宝庫の扉を開ける「開封の儀」があった。
宝物約9000件のうち、香をたく炉盤の台座でハスの花を模した「漆金薄絵盤(うるしきんぱくえのばん)」、天皇が用いたと伝わる「平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう)」など66件は26日〜11月11日、同市の奈良国立博物館で開かれる「第65回正倉院展」(奈良国立博物館主催、読売新聞社特別協力)に出展される。
小雨の中、杉本一樹・宮内庁正倉院事務所長、湯山賢一・同博物館長ら17人は宝庫へ入り、六つの扉の鍵に付けられた麻縄をはさみで切った。
宝庫を閉める11月29日の「閉封の儀」まで、宝物の点検や調査を行う。(以下、省略)
動画を観ました。
堅苦しい儀式に思えましたが、儀式ですからそのように見えるのでしょう。

厳かに行われるところに、価値を高める効果があるのでしょう。
聖武天皇の遺品はこのようにして半永久的に保管されます。

 
「開封の儀」で宝庫に入る関係者ら
(3日午前、奈良市の正倉院で)
=泉祥平撮影

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