平成24年09月17日(月)
 
 昨日は曇り気味で、一時小雨がぱらつきました。
孫娘がやってきました。
知恵がつくとともに、すぐに慣れましたが恥ずかしいという気持ちが強くなってきたようです。
ずいぶん多くの言葉が喋れるようになり、人の話も聞けるようになりました。
嬉しくて私は、相当に飲み過ぎてしまいました。
このまま順調に育ってほしいものです。
昨夜は雨が降りましたが、朝は上がっておりましたのでウオーキングをしました。
 敬老の日
本日は敬老の日です。
敬老の日は、国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条によりますと、
「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」
こととあります。
2002年(平成14年)までは毎年9月15日を敬老の日としていましたが、2001年(平成13年)の祝日法改正いわゆるハッピーマンデー制度の実施によって、2003年(平成15年)からは9月第3月曜日となりました。
このことについて、高齢者団体から反発が相次いだため2001年(平成13年)に老人福祉法第5条を改正して9月15日を老人の日、同日より1週間を老人週間としました。
敬老の日の始まり (Wikipedia) 
兵庫県多可郡野間谷村(後の八千代町を経て現在の多可町八千代区)の門脇政夫村長(のち兵庫県議会議員)と山本明助役が1947年(昭和22年)に提唱した「としよりの日」が始まりである。「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」と、農閑期に当り気候も良い9月中旬の15日を「としよりの日」と定め、従来から敬老会を開いていた。これが1950年(昭和25年)からは兵庫県全体で行われるようになり、後に全国に広がった。その後「としより」という表現は良くないということで1964年(昭和39年)に「老人の日」と改称され、翌年に野間谷村からの政府への繰り返しの働きかけもあり、国民の祝日「敬老の日」に制定された(「こどもの日」「成人の日」があるのに敬老の日がないのはおかしいと声を上げ続けたという)。このため、「母の日」のように日本国外から輸入されたような記念日と違い、日本以外の国にはない。ただし、五節句のひとつである9月9日の重陽と主旨が類似している。
ネットで調べていると、次のような記事がありました。
(1)聖徳太子説
聖徳太子が大阪に四天王寺を建てた時、ここに四天王にあわせて、敬田院・悲田院・施薬院・療病院の四箇院を設置したといわれています。その内の悲田院というのが今でいえば老人ホームで、この悲田院ができたのが9月15日であったため、この日が選ばれたというものです。(何年のことなのかは確認できなかった。四天王寺創建と同時という説もあるようだが、その論拠が確認できなかった)悲田院というのは元々中国にあったもので、中国文化の直輸入に熱心であった太子が、一流の国家は福祉も一流でなければならないという理想に燃えて設立したもののようです。
なお、悲田院・施薬院はのちに光明皇后も奈良の興福寺内に設置しています。こちらは年代が分かりました。養老7年(723)のことのようです。河出書房の日本史年表にも掲載されています。更には天平2年(730)には皇后官職に施薬院、左京・右京にも1ヶ所ずつ悲田院が設置されたようです。(養老7年はまだ聖武天皇は即位していない。つまり光明子が皇太子妃の時代である。故にひょっとしたらこれは光明皇后ではなく元正天皇の事績かも知れない)
(2)養老の滝説
これは上記にも出てきた「養老」の年号が制定された経緯に絡む話です。
美濃の国にお酒の好きなおじいさんと、孝行な息子がいました。しかし、びんぼうなので、息子はおじいさんにあまりお酒を飲ませてあげることができませんでした。この息子はきこりをしていたのですが、ある時足を滑らせて谷間に落ちたところ、そこに酒の流れる滝があるのを見つけました。息子は喜んでこの酒を持ち帰り、おじいさんにたくさんお酒を飲ませてあげました。
そのことを聞いた元正天皇は霊亀3年(717)9月その地に行幸、そのきこりを役職に取り立ててやるとともに、これを瑞兆として11月17日元号を養老と改めたとのことです。この故事にもとづき、全国的に9月中旬頃に地域のお年寄りを招待して敬老会を開くということが以前から行われており、そこで9月15日を敬老の日に定めたというもの。
さて、そこで上記の元正天皇の行幸が9月15日なら、とても面白いのですが続日本紀を開いて確認したところ、該当しそうなものは残念ながら9月20日でした。ただし天皇が美濃に向けて出発したのは9月11日。15日はその途中なので、あながち外れてもいないことになります。
 65歳迎えた団塊世代 孫へ趣味へ惜しみなく出費
朝日新聞の記事です。
団塊の世代が今年から、年金を受け取れる65歳になる。
戦後の日本社会を築いてきた世代は、どんな「老後」を過ごすのか――。
17日は敬老の日。
■「罪滅ぼし」のプレゼント
「孫は本当にかわいいねえ」。
東京都多摩市でタウン紙を発行する長谷川由富(よしとみ)さん(65)は、3人の孫が遊ぶ姿に目を細めた。
「今度は何をして遊ぼうかと考えるのが楽しくて。プレゼントをあげて喜ぶ顔を見ると、また贈りたくなるんだよなあ」(以下、省略)

本当に孫はかわいいものです。
長谷川さんの気持ちはよくわかります。
ケチな私には考えさせられる記事でした。

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