平成22年10月15日(金)
 

スポーツジムが閉店となります

スポーツジムが閉店となります
昨日は曇り勝ちでしたが、少し蒸し暑い一日でした。
急用で朝方都心に出かけ、その足で午後の仕事場へ向かいました。
本日は、早朝より一日中臨時の仕事があり、明日は定例の仕事があるため無理がかかってはいけないと考え、昨日帰りのスポーツジムは入浴のみにしてきました。
そのスポーツジムで、「今年末を持って閉店をします」、と突然言われました。
この後、経営者が代わってスポーツジムは存続をするものと思われますが、私の健康維持のためには重要なことです。
すぐそばに、「ルネサンス」というスポーツジムが2年前にできて、料金を安くして競合をしていたために倒産したものと思われます。
「ルネサンス」ではテニスやゴルフもあり、私にとっては高級すぎるのです。
11月には、後継オーナーの発表があるようですが、あまり高くない料金で利用できるようにしてほしいものです。
本日は朝から雨が降っております。
雨の中を午前8時半から出かけることになります。
本日のスポーツジムも風呂だけにします。
33人の大黒柱が「最後の一人」志願 ウルスアさん

アサヒコムの記事です。
「チリ万歳!」「鉱山労働者、万歳!」――チリ北部コピアポ近郊のサンホセ鉱山落盤事故の救出現場で、地下に閉じこめられていた33人の最後の一人、ルイス・ウルスアさん(54)が13日午後10時前、地上に姿を現した。救出現場では人々が叫び、紙吹雪や国旗が舞った。
33人を奇跡の生存に導いた「指導者」のウルスアさんは、自らしんがりを志願し、認められた。ひげをたくわえた顔に、生気がみなぎる。息子を固く抱きしめた。
肩に、国旗がかけられた。ピニェラ大統領に向かって、直立不動で「あなたと、交代します」。鉱山作業員が坑内から出た際のあいさつを使って、肩の荷を下ろした思いを表現した。そして、大統領と抱き合った。
「こういうことが二度と起きないようにしたい。チリ人であること、そして鉱山労働者であることを誇りに思います」と、おだやかに語った。
弟のハイメさん(49)が、地上で兄の救出の瞬間を見守っていた。「兄は、私にとって父でもある。いつも厳しい人で、私たちを仕切っていた」
ウルスアさんは6人きょうだいの長男で、14歳の時に父親が病死した。早くから弟や妹たちの面倒を父親代わりになってみていた。生還劇の立役者となった背景にある指導力は、そうした環境で育まれた。「ジャガイモを洗え、とかよく怒られましたよ」とハイメさんは振り返る。
地上と連絡がつかずに過ごしていた落盤事故直後の17日間、33人はわずかな食料を分け合い、閉じこめられていた地下の坑道や避難所のスペースを分け、役割分担をするなど驚くべき規律を保った。ウルスアさんのリーダーシップのおかげだった。
 



チリ北部サンホセ鉱山で13日、最後に救出されたルイス・ウルスアさん(中央)とピニェラ大統領(右)=ロイター(アサヒコムより)
真っ赤な用水路…アメリカザリガニ数千匹現る
アサヒコムの記事です。
岡山市東区神崎町の用水路に、突然、大量のアメリカザリガニが現れた。少なくとも数千匹がいたとみられ、網を持った親子連れや研究者、報道陣が集まる騒ぎとなった。
ザリガニが目立ち始めたのは先週半ばという。近くの主婦実兼喜志子さん(71)は「7日の夕方、数え切れないほどのザリガニを散歩中に見た」。近所で鮮魚・仕出し店を営む奥山和江さん(53)は「9日午後には、用水路の底を一面真っ赤に埋め尽くしていた。
 

用水路でうごめくアメリカザリガニの群れ。エサも穴も見あたらない場所に、なぜ?=11日午後2時、岡山市東区神崎町(アサヒコムより)
裏のマンション建設のカバーが除かれました
我が家の裏にライオンズマンションが建設されつつありますが、昨日その外周のカバーが取り除かれて全容が明らかになりました。
5階建てですから、上から覗かれることになります。
写真は今朝方、我が家の屋上から撮影したものです。
 

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