平成22年07月28日(水)
 

富士登山の準備を開始しました

昨日も暑い一日でした。

富士登山の準備を開始しました
8月2日の富士登山も6日後と、迫ってきました。
それこそ50年前ころになりますが、友人に誘われて山登りをしたことがあります。
その友人は、現在もあちこちの山登りをしているようです。
と言いますのは、毎年年賀状をくれるのですが外国の山登りの報告があるからです。
昔使用したザック、ズボンなどを出して、使用できるか、着用できるかなどを確認をしました。
何とかほとんどのものが使用できることを確認しました。
本日、ヘッドランプおよび登山用ストックを購入する予定です。
「線路がゆがんでいた」運転士、スイス事故聴取で証言
以下、アサヒコムの記事です。
スイス南部バレー州で起きた「氷河特急」の脱線事故で、事故原因の調査を担う連邦政府の公共交通事故調査局(SEA)の責任者バルター・コベルト氏は26日、運転士が地元警察との合同の事情聴取に対して「線路がゆがんでいるのが見えたが、何もできなかった」と答えていることを明らかにした。
コベルト氏は事故現場から車で30分ほど離れた所にある車庫で、事故車両を前に記者会見した。運転士の話について同氏は「線路は脱線事故でゆがんでおり、事故前に異常があったかの検証はできない」と説明した。横転した二つの車両の車輪に異常がなかったとも述べた。事故原因に関する暫定的な調査結果を早ければ29日にも公表する考えも明らかにしたが、調査報告書がまとまるまでには数週間かかるとの見通しを示した。
また、同氏は事故での入院者は13人となり、重傷の7人を含めた全員が快方に向かっていると語った。

このような状態で運転が再開されておりますが、今後大丈夫なのでしょうか。
再び事故があった場合は、どのように責任をとるのでしょうか。
 

亡くなった日本人女性が乗車していた「氷河特急」6両目の車輪の状態を説明する公共交通事故調査局の責任者=26日、スイス・バレー州ブリッグ(アサヒコムより)
平城宮へ「献氷」の道23キロ 炎天下の奈良で再現
奈良時代に平城京へ氷を納めた「献氷」を再現しようと、氷の貯蔵庫「氷室」の発祥の地とされる奈良県天理市の市民グループが24日朝、復元した氷室で貯蔵した氷を荷車で奈良市の平城宮跡に運んだそうです。
午後には、復元された宮殿「大極殿」前で献上のセレモニーが行われました。
午前6時ごろ、古代衣装を身にまとったメンバー十数人が荷車に約30キロの氷柱二つを積み込んで氷室を出発し、猛暑の中、約23キロの道のりを進んだとのことです。

(参考)(アサヒコムの記事より)
奈良市の長屋王(684〜729)邸宅跡で1988年に出土した木簡には、氷室の造り方などが記されていた。市民グループ「福住未来(ゆめ)クラブ」(浦井善史会長)はこの記述に沿い、98年に天理市内に氷室を復元。毎年2月に3トンの氷を貯蔵し、夏にかき氷などにしてふるまってきた。平城遷都1300年を記念し、今年は氷室から平城宮跡まで氷を運ぶことにした。
 

古代衣装を着て氷を載せた荷車を引く人たち=24日午前、奈良市(アサヒコムより)



大極殿まで運ばれた氷=24日午後、奈良市(アサヒコムより)
雌の「仙女」は丸顔美人 上野のパンダ、来年2月来日へ
中国から東京都立上野動物園(台東区)にやってくるジャイアントパンダのつがいが26日決まり、都は写真が公開されました。
北京市で中国野生動物保護協会と協定書に調印しました。
早ければ来年2月に来日、同3月の公開をめざしておりますす。
2頭は4歳11カ月の雄(中国名・比力〈ビーリー〉)と5歳の雌(同・仙女〈シィエンニュ〉)で、人間の18〜19歳に相当するそうです。
上野動物園は上野公園の一角にありますが、これでまた多いに賑わうことでしょう。

 

来日するパンダの雄(中国名・比力)=今年5月、東京都提供
(アサヒコムより)



来日するパンダの雌(中国名・仙女)=今年5月、東京都提供
(アサヒコムより)

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