日本三大
6 | 三大寺 各種HPより、まとめてみました. |
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大安寺(大官大寺) 大安寺の前身、大官大寺は天香久山の南700メートル、高市郡明日香村大字小山にあり、水田の中に金堂跡・塔跡の基壇が残っています。 発掘調査は奈良国立文化財研究所により、昭和49年から57年まで毎年継続して行われ、東西二町・南北三町の寺域は現在国の史跡に指定されています。 大字小山では古くから礎石が露出し、大官大寺の遺構であると伝えられていました。 現在はこれらの礎石は昭和13年から15年にかけて行われた橿原神宮造営用に持ち出されたため現存しません。 しかし、付近には塔ノ井・大安寺・金焼・講堂などの寺院関係地名が残っています。 大安寺の発掘調査は昭和二十九年(1954年)以来、奈良国立文化財研究所・奈良市教育委員会などが数次にわたって部分的に行っています。寺域については左京六条四坊の二〜七坪、十〜十二坪と、七条四坊の一・二坪、七〜十坪の計十五坪を占めたと推定されています。 |
![]() 大官大寺伽藍 |
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元興寺(飛鳥寺) 飛鳥寺は588年に百済から仏舎利(遺骨)が献じられたことにより,蘇我馬子が寺院建立を発願し,596年に創建された日本最初の本格的な寺院です。 法興寺・元興寺ともよばれました。 現在は安居院(あんごいん)と呼ばれています。 創建時の飛鳥寺は,塔を中心に東・西・北の三方に金堂を配し,その外側に回廊をめぐらした伽藍配置でした。 寺域は東西約200m,南北約300mあった。百済から多くの技術者がよばれ,瓦の製作をはじめ,仏堂や塔の建設に関わりました。 瓦を製作した集団は,この後豊浦寺や斑鳩寺の造営にも関わっていきます。 さらに,これらの技術を身につけた人たちやその弟子たちが全国に広がり,各地の寺院造営に関わるようになりました。 |
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弘福寺(川原寺) 川原寺(かわらでら) 奈良県高市(たかいち)郡明日香(あすか)村にある寺です。 真言宗豊山(ぶざん)派に属し、仏陀(ぶっだ)山と号し、弘福(ぐふく)寺ともいわれました。 開創は斉明(さいめい)天皇が655年(斉明天皇1)勅をもって始めたと伝えられています。 天武(てんむ)天皇の代には、勅願寺として発展し、五大寺の一つとなり、さらに天平(てんぴょう)時代(729〜749)には十大寺の一つとして大いに栄えました。 平安時代になり空海が高野山(こうやさん)開創のため、京都の東寺と高野山との往復のみぎりに、真言道場に改めました。 その後、建久(けんきゅう)年間(1190〜99)に諸堂宇が焼失し、漸次荒廃しました。 いまは大悲堂、大師堂などの建物のみですが、創建当時の瑪瑙(めのう)(大理石)の礎石があり、往年の大寺院をしのぶことができます。 |
![]() 弘福寺と川原寺中門跡 |