日本三大

 52 三大繁華街

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新宿(しんじゅく)(東京都)
新宿は、東京の新宿駅を中心とする地区。渋谷、池袋と並ぶ3大副都心の一つであり、日本を代表する繁華街・オフィス街の一つである。
西新宿に東京都庁が移転してきてからは西新宿をさして特に「新都心」とも呼ぶこともある。地理的な範囲は東京都新宿区の南西部にあたる(街並みは隣接する渋谷区にも連なる)。その名称はかつての甲州街道の宿場町・内藤新宿(ないとうしんじゅく)に由来している。
地名の由来
江戸時代、甲州街道は起点である日本橋から最初の宿駅である高井戸まで4里(約16km)という距離であり、起点と宿場までの間が長いため多くの旅人が難儀していた。
そこで1698年、この地に新しい宿駅が設けられた。当時の信州高遠藩主であった内藤氏の中屋敷があったため、内藤新宿と称したことに起因している。この中屋敷跡が現在の新宿御苑であり、御苑のある地名も「内藤町」となっている。
なお、東京方言における「新宿」の本来の発音は「しんじく」であるとされていた。
歴史
新宿における遊郭や赤線地帯の歴史については新宿二丁目を、戦後形成された歓楽街については歌舞伎町を、高層ビル街の歴史については西新宿の項目も参照
花園神社
新宿総鎮守として、古来より街の守り神としてまつられているこの地と内藤氏とのつながりは、豊臣秀吉により後北条氏が滅ぼされ、徳川家康が江戸に入府する直前の1590年(天正18年)7月にさかのぼる。三河時代より徳川家康の小姓として仕えていた内藤清成は、家康の入府に先立ち後北条氏残党に対する警備のため、鉄砲隊を率いて甲州街道(国府道)と鎌倉街道が交差していた現在の新宿二丁目付近に陣を敷いた。
この功が認められ、清成は付近一帯を拝領し中屋敷(上屋敷は神田小川町、下屋敷は下渋谷にあったという)を構えた。なお、清成が率いていた鉄砲隊は、1602年に伊賀組鉄砲百人組として大久保に配置され、百人町の名のもととなっている。
この拝領に際しては、家康が「馬が一息で駆け巡るだけの範囲を与える」と伝えたため、清成は馬に乗り榎の大木を中心に東は四谷、西は代々木、南は千駄ヶ谷、北は大久保におよぶ範囲を駆け、その馬はついに倒れて、まもなく死んでしまったというエピソードがある。


西新宿の超高層ビル群
難波(なんば)(大阪市)
概要
難波はミナミの中心と言え、梅田周辺のキタと並ぶ大阪の二大繁華街である。ミナミは市営地下鉄心斎橋界隈から南海難波駅界隈までの飲食店街などが多い地域エリア全体を指す抽象的な名称として使われる。それに対し、「なんば」は各路線のターミナルをさす言葉として使用され、地域名としては道頓堀や千日前を含めた地域まで指すこともある。
範囲
現在の住居表示に基づいて見ると、中央区は戎橋の南2筋までの町名が難波一丁目である。ここから島屋のある難波五丁目までが「難波」のみの住居表示であるが、千日前の南方に「難波千日前」(なんばせんにちまえ)という「難波」の付く住居表示がある。道具屋筋や吉本会館のあるあたりが難波千日前である。また、浪速区には難波中一丁目から難波中三丁目まであり、なんばパークス(南海ホークスのホームグラウンドであった大阪球場址地)や大阪府立体育会館は浪速区難波中に所在する。因みに難波の地名の由来となった、大阪市編入前の西成郡難波村は現在の浪速区内にあった(現在の中央区難波は以前「難波新地」だった)。JR難波駅は、もともと湊町駅という名称であった。四つ橋線のなんば駅、近畿日本鉄道・阪神電気鉄道の大阪難波駅につながっており、浪速区湊町に所在する。 後述の難波別院・難波神社・難波八阪神社の場所までを難波とすると、心斎橋を含めたかなりの部分が難波となるが一般的ではない。
以前はJR(旧国鉄)難波駅は湊町という駅名であったため、一般的に大阪人はJR難波駅周辺を「なんば」という認識はなかった(なおJR難波駅は地下鉄桜川駅にも距離的に近い)。


難波駅前(左・高島屋本店、右・なんばマルイ
(さかえ)(愛知県名古屋市)
久屋大通公園の希望の泉栄とは、愛知県名古屋市中区にある町名、または栄交差点及び名古屋市営地下鉄栄駅・名鉄瀬戸線栄町駅を中心として広がる繁華街をいう。
栄地区は、名古屋市中区の中心部に位置し、名駅と共に、名古屋市を代表する商業エリアである。
概要
栄地区は、東西方向の広小路通と南北方向の大津通が交わる栄交差点を中心として繁華街を形成している。
大津通と並行して、100メートル道路として有名な久屋大通が通っており、この通りは、矢場町から栄を抜け外堀通までは、久屋大通公園として整備されている。この公園内では週末を中心にイベントが盛んに行われる。
また、名古屋のシンボルとしてよく紹介される名古屋テレビ塔は、久屋大通公園内にある。テレビ塔は、夜間ライトアップされ街を彩る。テレビ塔に隣接して、飲食店街やバスターミナルを併設した立体公園オアシス21がある。愛知県立美術館・愛知県芸術劇場などが入る大型文化施設愛知芸術文化センターはオアシス21に隣接する。
松坂屋、丸栄、三越といった名古屋の3Mとも呼ばれる百貨店(名古屋駅にある名鉄百貨店を加えて4Mという)が揃い、矢場町方面にかけてパルコ、ナディアパーク、ラシックなどの大型ショッピング施設が続く。近年、大津通沿いに高級ブランド店が続々と進出し国内屈指のブランド街ともなっている。インテリアショップや高級家具店も相次いで進出している。
広小路通に並行する錦通には地下鉄東山線、久屋大通には、地下鉄名城線と名鉄瀬戸線の各駅が存在し、これらを中心として、栄森の地下街(地下鉄駅コンコース)、サカエチカ(広小路通地下)、セントラルパーク(久屋大通公園北部地下)などの広大な地下街が広がっている。また、久屋大通公園の地下は、市営久屋駐車場、エンゼルパークなどの巨大立体駐車場として整備されている。
錦三(きんさん)、女子大小路(栄ウォーク街)、住吉(プリンセス大通)といった、名古屋の代表的な夜の歓楽街が存在し、夜も賑やかである。


久屋大通公園

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