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大垣城・岐阜城・名古屋城

2009年05月23日

下松から写真が届きました。

ご主人のコメント

先日、家内と二人で大垣市の息子のところへ行きました。
近くに酒にまつわる滝として有名な養老の滝があります。
岩間の泉から湧き出ている酒を飲んだら白髪は黒くなり顔の皺も無くなって若返ったという故事があり、以前から一度行ってみたいと思っていた滝です。
今回、天気も良かったので養老の滝を見て養老山に登りたかったのですが、膝痛が思わしくなくて断念し、いま人気のある城廻りをすることにして大垣城、岐阜城、名古屋城等を見て来ました。
今回訪ねた主な所の写真を送ります。

訪れた三つの城について、HP、パンフレット等から以下に紹介します。

大垣城(大垣市HP、説明板等)
大垣城は美濃守護・土岐一族の宮川吉左衛門尉安定により、天文4年(1535)に創建されたと伝えられている。関ケ原の戦いでは、西軍・石田三成の本拠地となり壮絶な攻防戦が繰り広げられた。その後、戸田氏鉄(うじてつ)が十万石の城主となり明治まで太平の世が続いた。天守閣は四層四階建て総塗りごめ様式で大変に優美な城として歴史的にも貴重だった。昭和11年(1936)に国宝に指定されたが、昭和20年(1945)7月戦災で焼失。昭和34年(1959)4月、4層4階の天守閣を再建し、名実ともに城下町大垣のシンボルとなった。

岐阜城(岐阜市HP)
金華山山頂に最初に砦が築かれたのは建仁年間(1201〜1204年)、鎌倉幕府執事の二階堂行政によるといわれている。その後、美濃の守護土岐氏の筆頭家臣斎藤氏が居城とするものの、下克上により斎藤道三の手に。1567年には道三の孫である龍興を倒した織田信長が岐阜城を手に入れ、この地方一帯を平定。名をそれまでの稲葉山城から岐阜城へ改名し、後に安土城が建設されるまでの10年ほどの間、天下統一の拠点となった。しかし1600年、関ヶ原の合戦の前哨戦で、信長の孫、秀信が西軍に味方したため東軍に攻め入られ落城。翌年岐阜城は廃城となり天守閣、櫓などは加納城に移された。現在の城は昭和31年に鉄筋コンクリート造り、3層4階建てとして復興された。平成9年には大改修を行い、岐阜市のシンボルとなっている。

名古屋城(パンフレット)
名古屋城は、関ヶ原の合戦後江戸幕府を開いた徳川家康が、東海道の要所として、また大坂(現大阪)方への備えとして、清洲から名古屋へ遷府を決定した。
慶長 15年(1610)加藤清正、福島政則、前田利常等北国・西国の諸大名20名に普請を命じた。天守閣や諸櫓の作事は、慶長17年(1612)にほぼ完成した。名古屋城は代表的な平城で、明治維新まで御三家の筆頭尾張徳川家の居城として栄えた。名古屋城にあって最も名高い金鯱は、昭和20年に戦災で天守閣と共に焼失。昭和34年に天守閣と共に再建された。
金鯱は南側が雌で高さ2.579m 重量1,215kg 金量(18k)43.39kg
北側は雄で高さ2.621m 重量1,272kg 金量(18k)44.69kg
金鯱の金板の厚みは0.15mm
   奥の細道むすびの地:松尾芭蕉は、元禄2年(1689)秋、奥の細道の旅を大垣で終え、「蛤のふたみに別れ行く秋そ」と詠んで船町港から船で桑名へ下って行った。  
   奥の細道むすびの地:水門川の船町港跡に、松尾芭蕉と俳友の谷木因(ぼくいん)の銅像。  
   岐阜公園:中央左寄り後方に岐阜城  
   岐阜城:岐阜公園バス停付近からの眺め  
   岐阜城:現在築城されている城郭としては有数の高さ(329m)である。  
   岐阜城へのロープウェー:眼下に長良川が横たわる。  
   岐阜城天守閣からの展望:長良川と中央右より後方に伊吹山  
   戸田氏鉄の騎馬像、後方に大垣城:氏鉄は大阪城の修造に大功、10万石を封与され大垣城主へ。  
   山内一豊、千代 婚礼の地モニュメント:岐阜公園内  
   城の大棟に金鯱が輝く名古屋城  
   織田信長の居館跡:岐阜公園内  
   信長塀:桶狭間出陣の際に願文を奏し、大勝した御礼に奉納。三十三間堂の太閤塀、西宮神社の大練塀と並び日本三大塀の一つ。熱田神宮境内。  
   大垣城:関ヶ原の戦いのおり、西軍石田三成の本拠地。寛永12年(1635)、戸田氏鉄が入場し、その後、11年にわたる藩政が続いた。  
   大楠:弘法太子お手植えとも言われ、樹齢千年以上とも伝えられている。熱田神宮境内。  
   熱田神宮:創祀1900年を記念しての造営事業中(10月竣功予定)。  
   板垣退助遭難の地:「板垣死すとも自由は死せず」と有名な言葉を残した。岐阜公園内。  
   名古屋城 願掛けの鯱:昭和32年(1957)、天守閣の再建を祈念して製作された鯱、正門を入って左手に展示。  
   名古屋城:手前に加藤清正像  
   名古屋城天守閣からの展望  


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